監視カメラの破壊

愛知で監視カメラ付きの110番通報機能が付けられた自動販売機が壊された。「監視社会反対」だそうだ。
個人的には監視カメラの存在には全く違和感も嫌悪感も感じない。と言うか、積極的に活用している。

ATMにはカメラが付けられている。私は目が光に弱いためほとんど常にサングラスをかけているが例外的に外すのはサングラスの男が歩いていたら周囲に不安を感じさせるような閉鎖空間とATMの前くらい。
ATMは詐欺などの犯罪に使われる場でもあります。そこを利用する時に自分の顔を隠しているのは賢明な行動とは言えません。カメラの画像を調べる警察の手間を省く目的もあります。
そんなわけで、私にはどうして監視カメラの存在に反対するのか理由が分かりません。あちこち調べることにしました。

ある監視社会反対サイトを研究対象にしました。
このサイトを作っている団体には政治家、弁護士、大学教授が賛同し協力しています。社民党共産党の議員も参加しているようです。九条の会住基ネット反対団体や共謀罪反対団体と構成員が似ていますね。
代表としては「被疑者の実名報道に賛成する」大学教授、「朝鮮総連の税務面の相談役」法学者、「日本が植民地支配をしなければ朝鮮戦争は起きなかったと主張する拉致被害否定の過去もある」政治学者がいます。何とも立派な顔ぶれです。
このサイトに「例外的に公権力による写真撮影が許容されるのは、「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである」と厳格に判断されております(1969年12月24日最高裁判決)。」という文章があります。
サイトの文章では「公権力による」とされていますが原文では「警察官」です。犯罪を直接管轄する警察と公権力を同義とすることは完全な間違いです。
ではこれと防犯カメラがイコールで結びつくのかというと、それは違うと思われます。

  1. この裁判では撮影目的が防犯ではなく犯罪捜査のためであること。
  2. この裁判でも憲法十三条の「公共の福祉に反しない限り」撮影されない権利は保全されると言明されていること。
  3. 防犯カメラの設置とデータ保存の目的は犯罪抑止が第一義であり犯罪捜査は二次的なものであること。
  4. 防犯とはそもそも公共の福祉目的であること(警察法第二条)。
上記のように「裁判中の警察による撮影」と「防犯カメラによる警察の撮影」とは異なる物です。主にデータを積極的に利用することに違いがあると言えるでしょう。

次に、顔認識と住基ネットとを組み合わせて個人の居場所を特定する「人間Nシステム」によって国民が警察に監視されるという主張。
どうやらこれを戦前の警察による国民監視状態になぞらえて「現政権に反対する国民を非国民として選別して監視する」社会の再現と考えているようです。徴兵に利用するなど日本が戦争する国家になる布石とも主張しています。
映画の「エネミー・オブ・アメリカ」のような事態が起きると警告もしています。映画はハイテクを悪用して冤罪をなすりつけ、犯罪の証拠をもみ消そうとする国会議員が登場する話。
居場所の特定が出来る人間Nシステムが完備されたら、冤罪をなすりつけること自体が出来なくなると思うのですが、その辺りは無視されています。映画、もしかしたら見ていないのかも知れませんね。
物理的にも現実的にも技術的にも「人間Nシステム」は可能です。実際に空港では顔認識システムが稼働しています。

では監視カメラを使った人間Nシステムはどの程度利用できるでしょうか?顔認識の精度が100%で、住基ネットのデータも使うことにします。使う理由は全くありませんが。
人間の顔を特定する方法はいくつかあります。一つは目と鼻の位置を基準とする物。これに口を加えるとより精度が上がります。逆に言えば、これらを変えることで簡単に顔認識をごまかせます。(方法の詳細は自粛)。
基準点を狂わせる方法はいくつもあるのです。
公共施設で顔認識を請求されるような場合はこれらの手法は取れませんが、単なる街角のカメラなら偽装は簡単です。
つまり人間Nシステムはそれ単体では十分な機能を発揮できないのです。生体認証の他の方法、指紋や光彩と比較した場合、顔は唯一性、不変性、偽装困難さどれもが劣っています。

そもそも居場所の特定に限定するなら監視カメラ以外の物を利用した方が簡単です。SuicaPASMOが良い例です。場所の限定は少し困難ですが、携帯電話がアンテナと交信した記録を利用する方法もあります。ETCカードもゲート通過時に居場所を特定されます。
また、FelicaなどのRFIDは1m程度であれば交信可能です。実際、RFIDには通常使われる読み取り機に近づけて使う物の他に、ゲート型というより離れた状態で交信する物があります。
地面にこのゲート型を埋め込めば居場所の特定はより簡単になります。
監視社会を問題視するのであれば監視カメラ以外の方が切実なのですが、何故かこの種の団体ではカメラをことさらに問題視します。
ゲート型は何かに埋め込んでしまえば目視で発見することも出来ず、カメラより悪用される可能性が高いのですが。

また、このサイトでは「警察が整備した状態での市民参加型の防犯活動」にも反対しています。具体的には東京都安全・安心まちづくり条例の制定に反対だそうです。
「防犯は都民の責務」と位置づけて、警察の整えた防犯パトロール隊に都民を組織しようというのです。私たちは、関東大震災の時に、朝鮮人の大虐殺をひきおこした自警団を想起せざるをえません。」だそうです。自警団から朝鮮人を守ったのはサイトが敵視する戦前の警察と軍だったことは想起できないようです。
関東大震災時の自警団は地震を受けて組織された物で、既存の市民参加型防犯活動が暴走した物です。つまり、警察の整備がなされていない状態だったわけです。だからこそ、自警団と警察(鶴見警察署)とが反対の行動に出た事例が存在するのです。
また、自警団が取り締まり対象になったのは地震から1ヶ月後ですから、それまで警察の指導下になかったことになります。

そもそも防犯活動を警察から引き剥がしたものを「自警団」と呼ぶのですから、このサイトの主張は要約すると「市民参加型の防犯活動は自警団に担わせる」ことになります。
映画「狼よさらば」の主人公は「ミスター自警団」です。司法手続きを取らず、自分の判断で処分します。そんな社会を望んでいるようです。
それって、関東大震災後の虐殺を奨励していませんか?

結論
監視カメラに反対する人たちは本当の監視社会の問題に取り組んでいない。
司法を伴わない自警団による防犯活動を奨励している。

ところで、被疑者の実名報道に賛成ってのはどう考えても頭がおかしいとしか思えません。

監視社会を拒否する会
http://www009.upp.so-net.ne.jp/kansi-no/