シビリアンコントロール

航空幕僚長大東亜戦争侵略戦争ではないとの論文を書き、問題となって更迭された。
案の定中国と韓国からは批判されている。
中国については「当時中国には統一政府が存在しなかった」という問題がある。また、「日本も中国も戦争状態から4年くらいの間、宣戦布告をしていない」ということも話をややこしくしている。さらには中国独特の軍閥という存在がまたややこしい。
日中戦争とは時期が違うが、日露戦争の少し前、ロシアが鉄道の敷設等に関して「条約」を結んだのは清国ではなく該当地域を根城にしていた軍閥の一つであった。つまり軍閥は清国内部に存在していた自治領や属国という立場にあったのである。国民党と清朝が同時期に存在していたこともある。
日中戦争中国国民党政府と日本との戦争と言われることが多いが、実態は上記のように複雑怪奇な状態だった。戦争を通して中国では「国共合作」と呼ばれる国民党と共産党の共同戦線が成立し、一つの国としての形式を整えていったと言えるだろう。
違う言い方をすれば、当時の中国で確定的な国土を有し、政権がそこを掌握し、現在の解釈での国としての体裁を有していたのは満州国だけだったとも言える。
とは言え、中国との戦争には侵略的な側面があったことは否定できない。それが日本の存続に関わることであり、マッカーサーをして大東亜戦争は「自衛戦争だった」と言わしめる物であったとしても、である。

一方、韓国は事態は違っていた。まず、韓国国内から併合を望む声が上がっていた。この最大勢力である一進会はあまりに性急に併合を望む活動をしたため、民衆の反発を危惧した日本から活動を抑えるようにとの命が下った程である。
さらに関税の決定権をロシアに売却していたり(併合後に日本が買い戻した)とやはり現代国家の定義からはかなりずれていたと言える。国土の切り売りの酷さは売国という言葉を遙かに超えており、当時朝鮮に居を置いていた列強の中で「日本が保護国となって朝鮮を近代化させる」ことに異議を唱える国はほとんど無かった。
李氏朝鮮最後の皇后である閔妃殺害が日本主導で行われたとされた直後でさえ、混乱を収拾して朝廷の警護を行うのは日本だと列強は意見の一致を見た(一国だけが反対したとされている。おそらく袁世凱率いる清国だろう)。
さらにその後朝鮮皇帝は暗殺を恐れてロシア公館に逃げ込むのだが、ロシアは場所と保護は与えたが助言も外部での安全の確保も行わなかった。朝鮮は列強から完全に日本の保護国とみなされていたのである。
ロシアに限っては、十分に朝鮮から旨い汁を吸い取ったから用済みだったのかも知れない。
そして日韓併合へと至るのだが、この間他国から異議は上がらなかったし、逆にそれが当然だと思われていた。

侵略とは軍事的手段に訴えることに限らないのだが、韓国では併合が無効であると主張する根拠に日本が武力によって威圧したとする。だが、当時朝鮮内に送られたのはたかだか数万の軍である。煉度や装備に差はあっただろうが、李氏朝鮮時代に朝鮮軍の一部は日本軍に指導を受けているのでそれほど大きな差はなかっただろう。
つまり、韓国の場合は「侵略」という定義(この定義が作られたのは第二次大戦以降だが)には当てはまらない。
その後の朝鮮人によるハングル弾圧や朝鮮人による創氏改名の強制や朝鮮人による諸々の強制は、当時朝鮮を管理していた朝鮮総督府の落ち度である。

と、侵略についてはあちこちのブログでもっと丁寧で時系列に沿った説明があるだろうから概略で終わる。今回の問題は、どちらかと言えば日本国内のものである。
タイトルのシビリアンコントロールは、簡単に言えば軍・自衛隊文民政府の管理下にあり、それを逸脱してはならないという思想の下にある。
日本は2.26事件など軍部による要人暗殺によって、文民政府が軍部を統率できない状態に陥っていた。これが軍部の独走・暴走を許す結果になり、戦線の無為な拡大とそれによる被害と敗戦に結びついた。
この経験から、日本という国を安定した状態に保つためには憲法九条よりシビリアンコントロールの方が重要であると考えることができる。憲法九条はシビリアンコントロールから逸脱した軍・自衛隊を抑える意味を持つが、効力は持たないだろうからである。

つまり自衛官、ことに上級職にある者は文民政府の主義主張に「表面上は従っている振りをしなければならない」。思想信条の自由がある日本ではこれが限界であろう。上級職に限らず、再度の大東亜共栄圏を夢想することですら憲法上は保証されるからである。
これは消極的には公で政治的な活動をしない、ということになるが積極的には自衛隊法と国家公務員法で政治的行為の規制という形で明示されている。
今回の発言を歴史的事実に対する発言と取るか、外交を含んだ政治的発言と取るかは微妙である。論文全文を読まなければ判断はできない。
しかし、立場と内容を考慮すれば最終的に政治的発言と「される」ことは明白である。内容の真偽や論文の目的を問う以前に軽率であったと言わざるを得ない。
しかし、外部の懸賞論文として発表したのであって、自衛隊内部でのみ閲覧される論文で無かったことは逆に健全であると思える。
まあここまで言論を規制するのが健全かという議論もすべきだとは思うのだが。

報道されている文言については80%ほど同意する(残り20%は私の知識不足で判断不能)。

閑話
日テレの日本シリーズCMでは「名門同士の」等と書かれているようだが(夕刊フジにもそう書いてあったらしい)、それって「名門じゃない球団がある」ってことですよね。日テレさんに問い合わせたら教えて貰えるのでしょうか?

名門じゃない球団名。