ちゅるみー

神奈川県横浜市のHPには、かつて「鶴見区の名の由来は朝鮮語のチュルミー(鶴)という説がある」といった内容の一文があった。この説が真実であれば大発見である。
それは、古代朝鮮語(三国時代・高麗時代〜ハングル作成まで)の発音はほとんど解明されていないからである。日本語でも古代に於いては母音が8個であったとか6個であったとの異説があり、また現代では一つの音として用いられているものも複数の音を用いたこともわかっている。
日本語はかな文字を使用していたため、ある程度の類推は可能であり、さらに古代の文書がかなに書き換えられる等による資料が残っている。
とは言え、かなについても発音が文字と一対一の関係だったのは平安時代までとされている。また中世の資料によると「は行」がローマ字でf発音になっていることから、発音はどんどん変化していることがわかる。
「は行」については、平安時代はp発音であったと言われている。ここで謎なのは当時「ぱ行」はどう発音していたのかだが、それはまた別の話。

古代朝鮮語の発音の問題は、古代の文書がほとんど漢文としてしか残されていないことにある。日本語も古代はそうだったが、後に自国語で書かれるように変化していった。
古代朝鮮でも古代日本でも自国語の表記を漢字によって置き換える(日本では万葉仮名、朝鮮では郷札と言う)方法によっても表現したが、日本の古文書が大量に残っているのに対し、朝鮮ではほとんど残っていない(郷札が載っている最も古い文書は1075年。郷札での表記はわずか11首の歌。他の書物を合わせても全25首)。そもそも古代朝鮮の文献はせいぜいが三国遺事と三国史記くらいしかない。これらも12世紀以降の作である。
高麗史などより古い書物の存在は示唆されているが、ほとんどは李氏朝鮮の時代に焚書にされ、編纂した物が残っているだけで原本が残っていない。
したがって、古代朝鮮時代の発音について調べるためには日本や中国の書物に頼るしかないのだが、これらでも十分ではない。
他に古代朝鮮語の発音を調べる上では「吏読」や「口訣」が重要だが、こちらもほとんど解明されていない。

要するに古代朝鮮語(百済語・新羅語・高句麗語含む)はどのように発音されていたかはほとんど全くわかっていないも同然なのである。古代朝鮮語表音文字であるハングルの作成(1446年)まで、とされるのはそのためである。
しばしば日本語の語源に朝鮮語が求められることがあるが、それが古代朝鮮語である場合はほとんど間違いなく嘘と言える。中世・現代朝鮮語の場合はいくつか真実であるものが認められる。有名なのはチョンガー(独身男)だろうか。
関東には古代朝鮮人(現代朝鮮人とは別民族)が多く定住していたので地名の語源に古代朝鮮語が使われている可能性は高いと考えられるが、上記の理由によりその確認はほとんど不可能である。
ハングル作成直前の古代朝鮮語は当てられたハングルからある程度発音も確認できるが、遡れる時代は限定的である。

ということで、かなり昔に「古代朝鮮語の発音は不明であるから、チュルミーという朝鮮語が鶴見の語源であるのはおかしい」というメールを出した。
それからしばらくHPにはチュルミー説が載っていたのだが、久しぶりに覗いてみたらなくなっていました。良かった良かった。

チュルミー説が載っていたページ
http://www.city.yokohama.jp/me/tsurumi/info/kokusai/

過去のチュルミー説ページ(web archive)
http://web.archive.org/web/20020225084543/http://www.city.yokohama.jp/me/tsurumi/info/kokusai/index.html