BSEの月齢基準検査撤廃は科学的措置ではない


BSE対策 輸入牛の規制は国際標準に(10月21日付・読売社説)

米国産牛肉などの厳しい輸入規制を緩和するのは当然である。政府は速やかに、見直しを決断すべきだろう。

米国でBSE(牛海綿状脳症)に感染した牛が見つかってから、約8年が経過した。

政府は感染した牛肉の流通を防ぐため、米国産の輸入を「月齢20か月以下」のものに限る措置を取ってきた。これに対し、韓国、メキシコなど主な輸入国は「月齢30か月」を目安とする。

家畜の国際的な安全基準を決める国際獣疫事務局(OIE)は、米国を月齢に関係なく牛肉を輸出できる国に認定している。日本の規制は突出して厳しい。

国産、輸入を問わず、日本で牛肉を食べた人がBSEによる病気を発症した例はない。国内外でBSE牛の感染拡大が止まっていることも踏まえ、政府が輸入規制の見直しに着手した。むしろ遅すぎたと言える。

政府は、輸入条件を韓国などと同様に、「30か月以下」まで認める方向で調整している。他国並みの基準に合わせるのは妥当だ。

原発事故に伴い、日本の農産物や工業製品が海外で敬遠されたり、科学的根拠の乏しい輸入規制を受けたりしている。輸入牛肉に関して日本が姿勢を改めなければ、こうした状況に抗議しても説得力を持ち得まい。

野田首相は、11月中旬に予定されるオバマ米大統領との首脳会談で、牛肉の輸入制限緩和を表明したい考えという。

米側はあくまで、月齢制限の全面的な撤廃を要求するとみられるが、「30か月」を軸にした規制に理解を求める必要がある。

月齢制限を緩和しても、脳や脊髄など、病原体の異常プリオンがたまりやすい特定危険部位が取り除かれていれば、リスクはほとんどない。政府から消費者への丁寧な説明が不可欠だ。

一方、国内での検査体制の見直しも急務である。

政府は現在、検査対象を月齢21か月以上に絞っているが、都道府県など全国の自治体は独自に予算を組み、20か月以下のすべての牛の検査も続けている。

だが、すでに感染を拡大させた肉骨粉入りの飼料は禁止されており、若い牛が異常プリオンを持っている可能性はほとんどない。

自治体も安全性確保に意味がないと分かってはいるが、率先してはやめられないのだろう。自治体の独自検査は一斉に打ち切り、政府による検査対象も有効性を考えて、さらに絞り込むべきだ。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20111020-OYT1T01265.htm

政府は、輸入条件を韓国などと同様に、「30か月以下」まで認める方向で調整している。他国並みの基準に合わせるのは妥当だ。

原発事故に伴い、日本の農産物や工業製品が海外で敬遠されたり、科学的根拠の乏しい輸入規制を受けたりしている。輸入牛肉に関して日本が姿勢を改めなければ、こうした状況に抗議しても説得力を持ち得まい。

あたかも30ヶ月以下という基準が科学的でもあるかのような表現だが、事実は違う。30ヶ月、あるいは20ヶ月という基準は、その当時の検査方法での検出限界から逆算したものでしかない
もっと新しい検出方法ではもっと若い月齢の牛からも異常プリオンは検出できる。さらに言えば、古い検査方法でもより若い月齢で検出可能だった牛も発見されている。
さらにはこの基準が作られたとき、検疫関係の学者が参加したかといえば、そうではない。専門家の中にはこの基準の発表後に「自分が参加できていたらこんな基準には絶対にさせなかった」という旨の言葉を残している人がいる
また現在主流として行われている検出方法には最大の問題がある。細胞から異常プリオンを取り出して計量できる状態にする段階で、二つの異常プリオンのうち一つが完全に無視されるのだ。
計量できる状態にするために、凝集している異常プリオンの塊をプロテアーゼで溶かす必要があるの。このとき溶けるのは主に正常プリオンと、プリオン異常が始まった頃に多く発生するプロテアーゼに溶ける異常プリオンだ。
正常プリオンが溶けるのは全く不都合ではない。だが、異常開始時に多く発生するプロテアーゼ寛溶性プリオンを溶かすということは、初期段階での異常プリオン検出能力を落とすという意味である。つまりは免疫組織化学法、免疫測定法と呼ばれるこれらの手法は、初期段階の異常プリオン蓄積には不向きな検出方法である。
不向きな検出方法で20〜30ヶ月では検出限界(これも間違いなのだが)である、だから20〜30ヶ月以下は検査しなくとも良い、というのは科学的な話ではない。科学的というのは、主流の検査方法では20〜30ヶ月以下は検出が困難であるからリスクを判定できない、という姿勢だろう。
困難であるからこそ、日本で最初のBSE感染牛は検体を何倍にも濃縮して初めて陽性となったことを忘れてはならない。もちろんこの濃縮段階でもプロテアーゼ寛溶性の異常プリオンは溶かされまくって検出には貢献していない。

科学的ではないということは社説を書いた本人も理解しているのかもしれない。だからこそ

月齢制限を緩和しても、脳や脊髄など、病原体の異常プリオンがたまりやすい特定危険部位が取り除かれていれば、リスクはほとんどない。
と書いているのだろう。もしも検出方法が十分に信頼でき、20〜30ヶ月以下は検査の必要がないのであれば、「ほとんどない」ではなく「全くない」あるいは「事実上全くない」とでも書けるからだ。

すでに感染を拡大させた肉骨粉入りの飼料は禁止されており、若い牛が異常プリオンを持っている可能性はほとんど無い。
というのも全く首肯できない言葉である。異常プリオンは感染源がなくとも自然に発生するものである。よって人間が100万人に一人の割合で孤発性CJDを発症するのと同程度の割合で、BSEも自然発生で発症する可能性がある。これを踏まえたプリオン研究の第一人者、同研究でノーベル賞を受賞したプルシナー教授は「全頭検査こそが唯一の合理的な政策だと私は信じている」と主張している

放射能ならば、福島から遠く離れた産地のものであれば安心・安全、などというのは非科学的な幻想だということは、稲藁の移動で多くの人の共通認識となった。放射能付きの物体が移動すれば、原発からの距離は関係ない。安全と安心を確保するためには十分な検査が必要なのだ。

原発との距離は、牛の月齢に相当する。20〜30kmといった指針が科学的な見地に立っていないことは既に国民の共通理解だろう。同様に月齢による検査の除外は科学的な検知に立っていないのだ。

とは言え、現実に20〜30ヶ月の牛からのBSE感染がリスクとして評価できるほどの実績を出しているわけではない。その意味では基準の緩和は考慮に値する価値はある。
だがそれは「いままで感染者は報告されていない」といった経験則に基づくような非科学的な議論ではなく、検出方法や異常プリオンの発生・増殖過程を踏まえた上での、科学的な議論によって判断されるべきものだ。
なし崩しで国民の安全を軽視することがどんな大きな問題になるか、日本は学んだのではないだろうか?

畜牛農家にとっても、BSE口蹄疫大腸菌汚染、放射能と続けざまの問題を抱えて苦しい状況にある。彼らの負担を軽減する方法は、消費者に安心を与えること、安全を担保することだ。
国外からの輸入基準を緩和すれば、国内基準の変更への道筋となることは想像に難くない。だが基準の緩和はようやく保たれた国産牛と消費者との間の信頼関係を崩すことになる。
安易な方針転換は多くの人に不幸を招くことになる。